パンダールから2日かけてたどり着いたのは、パキスタン北西部の街チトラール。
四方を峠に囲まれたこの地には、今尚独特の文化を持ち続ける人々が暮らしています。
チトラールの中心地から車で1時間ほど進むと、カラーシャバレーと呼ばれる谷があり、そこには色鮮やかな装飾に身を包む素敵な人々が暮らしていました。
カラーシャ谷へ向かいます
カラーシャ谷へはパーミット(入域許可書)が必要!
マストゥージからの道中はこの旅でも指折りの険しい道のりでした。
途中プニという村で車を乗り換えたのですが、とにかく乗車人数が多くハイエースのようなバンにギュウギュウ詰め。カーブが多く左右に振られる際には固定されていて都合が良いのですが、体を動かす隙間がないので下車した時には体がカチカチ。長時間の乗車にはさすがに体が堪えました。
やっとのこと車はチトラール郊外のターミナルに到着しました。
ターミナルから中心街へ向かうと街の大きさが何となくつかめてきました。
チトラールは大きな街です。
とは言っても、今までの北部の村に比べたらの話ですが。
商店はメインストリートに集中していて、活気があり久々の街にワクワク。
雑貨屋でお菓子を買ったり、たまにはチャイでなくコーヒーなど飲んでみたり。プチ贅沢をした記憶があります。
3週間近く北部を旅していたこともあり、街の感覚を忘れていたのでしょう。
自然の中に身を置く「小さな人」になっていた私は、お上りさん感覚ですこし浮かれていたようです。
しかし、浮かれているのもほどほどに。
まずは警察署へ出向き外国人登録を行なわなくてはなりません。
じつは当時カラーシャ谷に向かう際には警察署への届出が必要でした。
カラーシャ谷の入り口にはチェックポストがありそこでパーミット(入域許可証)の提示が求められるのです。
イスラム教の国であるパキスタンにおいて、独自の文化を保つカラーシャの人々はいわば異教徒。政府がその文化保護のため入域を管理しているのです。またアフガニスタン国境と接する土地柄もあり入域管理には慎重なのでしょう。
ただ外国人登録と言っても簡単なことで、警察署へ行きカラーシャバレーへ行きたいと伝えパスポートを提示するだけ。警察官は渡されたパスポートの内容を台帳に記入して終わり。
登録を行う部屋にはほかにも外国人旅行者と思われる旅人が数名いて、皆登録のためパスポートを手にしていました。登録を行ってくれた警察官も終始にこやかな雰囲気。最後には良い旅をと送り出してくれました。
カロゴンに揺られボンボレット谷に到着
無事パーミットを手に入れた私たちは、その足で早速カラーシャバレーへと向かうためチトラール南部にあるターミナルへ向かいます。
ターミナルと言っても、車がまばらに停まっているただの空き地のような場所。
言われなければここから乗り物が出発するなどとは気がつきません。
いったいどの車に頼めば良いのかと見渡していると、近くにいたドライバーから声がかりました。カラーシャバレーへ向かう旅行者がそこそこやってくる場所ということもあり事はスムーズに進みました。
目指すボンボレット谷までは30分もあれば着いてしまうほどの距離とのこと。
さあ、出発です!
ドライバーの愛車はトヨタのカローラワゴン。1990年代に活躍した通称カロゴン。
今はカローラフィールダーの名でモデルチェンジしてなお人気のカローラの元祖ツーリングワゴンですね。当時、篠原ともえとユースケサンタマリアの歌うCMが懐かしい世代の私。そんなカロゴンがここパキスタンの山奥でも活躍しているとはなんとも不思議な気分になってしまいます。
そしてカロゴンに乗りやってきたボンボレット谷には、シノラーをもはるかに超える奇抜な刺繍の民族衣装を身にまとった女性たちの姿がありました。
カラーシャの谷「カラーシャバレー」とは
アフガニスタン東部からパキスタン北西部にまたがるヒンドゥーシュク山脈には独自の文化信仰をもつ少数民族が暮らしています。
パキスタン北西部チトラール県の山間、アフガニスタン国境の近くに暮らす少数民族がカラーシャ族です。人口は4000人ほどで、ボンボレット谷、ルンブール谷、ビリー谷にそれぞれ集落を持ち農耕や牧畜などで生活をしています。アフガニスタン側の少数民族はイスラム教へ改宗させられてしまったため、現在独自の文化を色濃く残すのはパキスタン側に住むカラーシャのみとなってしまったようです。
カラーシャはイスラム教とは違う独自の信仰をもっています。
イスラム教のように毎日のお祈りがあるわけでもなく、日常的にはさほど風習を目にする機会はありませんでした。
カラーシャでは女性の姿を外でよく見かけるため、イスラム教と比べると自由な文化なのかとも思いましたが、いくつかしきたりの様なものもあるようです。
基本的に女性は神聖な場所への接触が禁止されていて、生理や出産の際には専用の小屋に移動して籠らなくてはならなかったりといった面倒な風習が今でもあるそうです。
しかし男女間に立場の差を感じることもなく、むしろ女性はオシャレな民族衣装をまとい生き生きと暮らしているようにも感じました。
カラーシャの女性は色彩の魔術師
カラーシャバレーを訪れて感じたのが、女性の姿の多さ。外を出歩く女性の姿が目立ちます。
これまで保守的なイスラムの国において子供以外の女性が外を出歩く姿を目にすることは少なかったのですが、ここカラーシャバレーでは女性が外で仕事をしている姿をよく目にします。
ただでさえ珍しいイスラム圏での女性の姿ですが、ここカラーシャの女性たちが身につけている伝統衣装は彼女たちの存在をさらに際立たせるものでした。
私は男だったのでその衣装について詳しく触れることができませんでしたが、一緒に旅をしていた女性の仲間は、招かれた家で衣装を着付けてもらっていました。
今回のカラッシュの写真もその彼女が撮影したもの。さすが女性同士、いい写真をとります。おしゃれな話は世界共通なのでしょうね。
こんな色使い見たことない!色彩感が独特すぎる
赤やオレンジ、黄色、白、緑…。
サイケな色彩だけど、どこかナチュラル。
蛍光緑に蛍光オレンジ…こんな配色したらサイケなパーティピーポーになってもおかしくないのになぜか自然。
色彩豊かな糸を使いわけカラッシュ族独自の模様を刺繍した伝統衣装に身を包んでいます。
また、ベースに黒地を選んだのもかなりおしゃれ度が高い。
黒は女を引き立てる色ということをよく聞きますが、じつは黒は色を引き立てています。
黒は明暗、彩度のない色。
黒をベースにすることで、色の明暗差が激しくなりコントラストが強くなります。コントラストの強い色彩には目を惹きつける強い力が生まれます。
明るい色を選べばさらにその差は強くなり、彩度を0にしたモノクロ写真でも彼女たちの刺繍は生地にくっきりと浮かび上がるでしょう。明かりのない少ない夜でも個人の見分けがつくのではないでしょうか。
鮮やかな色彩をさらに際立たせているのが、その黒い衣装なのです。
そして空の近いこの地の太陽は、さらにその色を鮮やかに際立たせているのだと思います。
なんともおしゃれなカラーシャ族
カラーシャ族の民族衣装はいわゆるアフガンドレスに似たもの。
厚手の長袖ワンピースに帯を巻いて帽子をかぶったスタイルです。
独特な帽子は、なんとも形容しがたいもの。
例えるならば筒状の板前帽の後ろに長い帯を垂らしたような形で、その全てに極彩色の刺繍が施されています。特に後ろに伸びる長い帯は、宝貝のような小さな貝や色とりどりのビーズを縫いこんで作られています。「女性は後ろ姿で勝負!」とでも言わんばかりに個性あふれる模様が目を引きます。
ワンンピースの生地は黒ベース。そこにも極彩色の刺繍が施されていて、首回りから肩、胸元にかけて多く刺繍があり、袖や裾にも刺繍をいれている人も多く見かけます。
首にはネックレスがジャラジャラ。
私の滞在したボンボレット谷ではオレンジ色のネックレスを身につける女性が多かったです。歳を重ねるごとに増えるのか、年配の女性の方がゴージャスに見えます。
動きやすくするためか、ワンピースは腰上あたりでギュッと帯でしめられています。
この帯も鮮やかな刺繍が施され、重要なアクセントになっているようです。
極め付けがエクステ!
基本的に髪は切らないのか、腰まで伸びる髪の長い女性ばかりです。
綺麗に編み込まれた長髪には、ところどころ色彩が散りばめられています。
ムスリム(イスラム教徒)も周辺では暮らしているので村の通りで見かけることもあるのですが、そのシンプルな装束と比べると鮮やかさが更に際立ちます。
模様も色彩もじつに個性があり、カラーシャの女性はおしゃれを楽しんでいるよう。
カラーシャ谷をあとに
私たちがカラーシャの谷に滞在したのは1日だけ。
何とも居心地のよい場所で、できればもう少し滞在したかったのですが、先を急ぐ予定があったため名残惜しくもカラーシャの地を後にしたのでした。
友人からメールが届いており、なにやら数日後にW杯アジア予選の試合がオマーンのマスカットで行われるというのです。急いでオマーンへ向かわねば!
ということで、チトラールの南にある都市ペシャワールへ向けてまた峠を超えます。
※2008年の情報です